学術振興会の相見積もりについて

学術振興会の相見積もりについて。


何かを購入する時に複数のところから見積もりを取ります。同じ製品なら、数点比べて一番安いところを選ぶということがあります。見積もり金額を比べて、安価な店に注文するということは、いたって普通のことだと思います。


なので、学術書を刊行する場合にその費用について見積もりを複数から出して比較して一番安価なところを選ぶということは当然のことと思われると思います。


しかしながら、普通の物品購入時などの相見積もりと研究成果公開促進費の相見積もりは、かなり違ったものなのです。商売をしたことがない方はお分かりにならないかも知れないのですが、今回はがんばってその説明をします。


いろいろな立場がありえます。日本で学術書を出している大学出版部の横断的な組織である大学出版部協会の方針は、相見積もり自体が望ましくないという見解です。私はその立場ではありません。相見積もりということ自体は悪くないと思います。ちゃんとした相見積もりであればよいのですが、そうではないということを申し上げます。私の立場は、日本学術振興会は相見積もりといいながら、相見積もりの要件を果たしていないという立場です。


まず、研究成果公開促進費の場合、見積もった額の全額がでるわけではないという点です。この段階で既に物品購入の見積もりとしてはおかしいと思うべきなのです。つまり、これは物品購入の見積もりではないのです。


たとえば、エアコンを買おうとしてA社が10万円、B社が8万円だったとします。家庭では、もし、機能が同じであるのなら安価の方を選ぶでしょう。そしてその見積もりの金額を全額支払います。B社を選んだとしたら、8万円を支払うと言うことです。B社を選んで5万円しか払わないということはありえません。しかし、研究成果公開促進費の場合は、そういうことがあります。見積もり額と支払額は直接的には連動していないのです。これで普通の見積もりといえるでしょうか。どう思われますでしょうか。


ただ、このこと自体には問題が無いのです。このこと自体というのは、見積もり額よりも少ない額が支払われるということです。これは物品購入の見積もりではないということです。お分かりになりますでしょうか。事業に対する見積もりだからです。

どういうことかというと物品購入の見積もり書はコストを計算したものですので、その金額を充足しなければ、物品は納品できません。物品購入の場合はそうです。出版の場合にはそのコストを用いて作ったものを読者に販売します。減額することが許されるのは、出版事業に対しての支払いだからです。物品に対する単純なコストではないのです。


PFIと考えると分かりやすいでしょう。(ウィキペディアによれば、「PFI(Private Finance Initiative)とは公共サービスの提供に際して公共施設が必要な場合に、従来のように公共が直接施設を整備せずに民間資金を利用して民間に施設整備と公共サービスの提供をゆだねる手法である。」とのこと。)博物館をある博物館運営会社が事業として引き受ける場合、コストと入場収入を換算します。建築費などに1億円かかっても、企画が優れていて8000万円の入場収入があるのであれば、2000万円の補助金で成り立つということです。つまり、事業に対する助成であれば、ありえることなのです。

話しが複雑になってしまいかねないのですが、PFIではなくて、ある地方自治体が建築会社に建物の建築を依頼する場合は、1億円の見積もりがでていて、そこに発注した場合は、1億円を払って建築させるということになります。同じ設計図なら、もっとも安価なところに発注するでしょう。この場合も、見積もり額から値引くことはありえません。ものをただ作るだけの場合は物品納入と同じですし、サービスも含まれており、そのサービスの提供時に別途収入が見込まれるのであれば、物品納入とは違った考え方になるということです。


もう一つ。先程、「エアコンを買おうとしてA社が10万円、B社が8万円だったとします。家庭では、もし、機能が同じであるのなら安価の方を選ぶでしょう。」と申し上げました。ここで重要なのはコストと機能の比較ということなのです。現在の研究成果公開促進費の見積もりには、機能を書く欄がないのです。「出版社の機能」と言うことを書き出せば、関連する学会で販売して、広めている、であるとか、関連する学会員にダイレクトメールで告知しているであるとか、難しい多言語の組版に対応する能力を持っているであるとか、誤植が少ないであるとか、堅牢で壊れにくい書籍を作ることができるであるとか、そういうことです。この出版社は、このジャンルではこれだけの告知の力を持っているというような機能についてを申告できないということです。比較の仕様がありません。


遠方で開催される学会に人件費と交通費などをかけて人を送っているところと何もしないところの比較ができないということなのです。機能を実現するために仕事をしているところはコストをかけており、そうではないところは、コストをかけていないので見積もりが安価であるということになります。機能を問わずにコストだけを比較するということは、見積もりとしておかしいです。見積もりとしての体をなしていないというのが私の考えです。


私は、出版の助成金は、物品納品ではなくて、出版という事業に対して行われるということを認識していただきたいということと、見積もりを作るのであれば、機能というか、その出版社の能力についても記載した上で、見積もりを比較してほしいと思うのです。このような要件を満たした相見積もりでなければ、相見積もりはやめていただきたいというのが私の考えです。


これはいたって普通の考え方だと思うのですが、どう思われますでしょうか。