電子書籍をスピーディに作るというのは現時点は不可能(学術書系)

電子書籍なら、簡単に直ぐにぴゅっとできる、と思っている人が多いようだ。在庫リスクがないといういい方がされることが多いが、印刷しないでいいので1冊からでも採算が採れると思っている人もいるのではないだろうか。これも間違いです。



つまり、電子書籍になったからといって、現在の出版が抱える問題を解決できるわけではない、のである。問題は知的なものをどうやって、共有できるか、その時に編集者や出版社、あるいは取次、書店、図書館という書き手以外の存在がどう関わることで読者とつながれるのかという根本的な問題は、電子書籍になることでは解決しないのである。



(解決しないのでやらなくていいということではなくて、紙を捨てれば解決するかのようにいうヤカラは間違っていると言いたいのであります。)



本日、届いた「日本出版学会会報」127に高木利弘さんが次のように言っている。




電子書籍」であれば、在庫リスクも絶版になる心配もない上、印刷コストがかからず、よりスピーディに出版できるようになるはずである



はっきり申し上げて全くの間違いである。高木さんはかつて存在したMACLIFEの編集長であって、DTPの草創期の苦労を知っているはずの方なのに、正直、とんでもないことをおっしゃると思う。


まず、「スピーディに出版でき」ない。組版エンジンはどうなっているのだろうか。W3Cの日本語組版仕様(案)も学術書の基本的な用件に対応していないのに、たとえば、和欧文の混植など、には対応していないのに、どういうルールで作るのか?現時点はDTP草創期よりもまだ、何もない段階であるのに。不十分な組版ソフトでまともな体裁を作るのにどれだけの苦労と時間が必要であったのかを知っている人の発言とは思えない。


DTP時代の教訓は、DTP組版ソフトには可能だと書いていることと実現できるかの間には数万光年の距離があるということではなかったか?


InDesignで組んで、PDFではき出して、それを画面で見るというのでは、電子書籍とはいえない。iPadはPDFビューワーなのか、違うはずだ。XMLでの自動組版の精度がまだ不十分なのに、電子デバイスに組み込まれる組版エンジンが細かい設定を反映できるものであるはずがない、現時点では。デバイスを左右した時に版面が対応して回転しなければならないし、文字を大きくした時に組版の設定が破綻しないようにしないといけない。これは、通常の版面を作るのにまして重大な工程になると予想する。


ほとんどプレーンなテキストであれば、確かにすぐ、といえるかもしれない。でも、そういうのは、小説くらいのように思う。というか、文庫か新書で、文字主体の内容の書籍だろう。


次に、在庫リスクもない、印刷コストもかからないというが、最小ロット、採算ラインというものは当然ある。だから、1冊からで採算が採れるわけではない。3000部で採算ラインを超えるのなら、3000部は刷らないと行けないのであり、これは電子書籍になっても同じだ。3000部が2000部で採算ラインということはありえるが、コストがかからないはずだから価格を下げて当然、という空気の中では、困難さは変わらないと言うことになるだろう。在庫リスクというのは正確ではなくて、在庫料が掛からないということだ。これはだいぶ違う。1冊でも売れなくても大丈夫であるかのように多くの人が誤解しているのでその点は明確にして置いて欲しい。


絶版にならないというのは、そうかもしれない。ただ、学術書はそう簡単には絶版にはならないということは触れておきたいことである。