出版の難しさということの一つ。

出版の難しさということの一つ。

タイミング。

著者が、世に問いたい、世に広めたい、という気持ちがあってそれに応える、ということができる。

商売出版なら、利益(印税)をモチベーションにすることができるかもしれない。

しかし、学術出版の場合、特に先端的な場合、マイノリティ、少数先鋭的な研究の場合、出版社の貢献は世に出すことが最大の貢献できることなので、それ自体をうれしく思ってもらうことが出来ないと難しい。

本人が出す必要を感じていないとか、師匠が出す必要を感じていないと出版社の後押しは余計なお節介になる。それなら、PDFでいい。めんどくさくないし、コストもかからないということなのだ。

世に出したい気持ちがあれば、報われるが、そうでなければ、不要なことをしただけになってしまう。

その研究がまだ、世間的に認められていない時のパイノニア的な研究者であれば、後押しを喜んでくれるだろう。また、全然受け入れられるにはまだまだ道のりがある場合なら、いつも断られることになって、出版社という存在は、「うざい」ものであろう。一方、ブームになってしまえば、どこでもいいということになる。

ひつじ書房は、競争になった段階で手を引きたい。見積もりは、印刷所が出すべき見積もりであり、競争になる。意味のない競争だ。

組版代は、ただ、流し込むのではなくて、様々な設定や微調整を経験で作り出しているものだ。インデザインにただ、流し込んでもページはできるが、きちんとしたものにはならない。見積もり書の求め方がおかしいと思うのである。

出版社に出させる見積もりは、内容についてコメントをすることができるか、当該ジャンルで存在感があるか、当該ジャンルに適した組版ができるかだろう。そうではない見積もりは、仕事の内容をダンピングしてしまうことになる。

ほとんどの方はわからないだろうなあ〜。